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2025-02-04
#学習記録#雑記

市場全体の拡大と自社シェアの低下のトレードオフを数理モデルで考える

現代の競争環境において、企業は自社のシェアだけでなく、市場全体の動向も考慮して戦略を検討する必要があります。

たとえば、企業Aがある方策を実行する場合、その方策は自社の市場シェアをある程度犠牲にしながら、市場全体(パイ)を拡大する効果が期待されるとします。

こういった自社にとって有利な要素と不利な要素が、トレード・オフの関係にある方策が検討される場面は、企業経営において頻繁に発生するように思います。

この記事では、シェアの低下と市場全体の拡大というトレードオフがある施策を実施すべきかという命題について、数理モデルを用いてどのように整理し、方策実施の是非を判断するかについて解説します。

1. モデルの基本設定

(1) 収益の定義

まず、企業Aの収益を、市場全体の大きさと企業Aの市場シェアの積で表すシンプルなモデルを採用します。

方策実施前の収益:

企業Aの現在の市場シェアを sAs_A 、市場全体の大きさを TT とすると、政策実施前の収益 RA0R_A^0

RA0=sATR_A^0 = s_A \cdot T

となります。

ここでは、収益が「シェア」と「市場規模」という2つの要素の掛け算で決定されると考えています。


(2) 方策実施時の変化

次に、企業Aが新たな方策を実行した場合に起こる変化を定義します。具体的には、以下のように設定します。

シェアの変化: 政策実施後、企業Aのシェアは減少すると予想されます。ここでは、その変動を δ\delta と表し、

sA=sAδs_A’ = s_A - \delta

と記述します。

δ\delta はシェアの絶対的な低下量(例:0.05なら5ポイントのシェア低下)を表します。

市場全体の大きさの変化: 一方で、政策実施により市場全体の大きさも変動すると考え、市場規模の変動分を ΔT\Delta T とします。 したがって、政策実施後の市場規模は

T=T+ΔTT’ = T + \Delta T

となります。

 ΔT \Delta T は正であれば市場が拡大し、負であれば縮小することを示します。


(3) 方策実施後の収益

以上の設定から、企業Aが方策を実行した場合の収益 RA1R_A^1 は次のように表されます。

RA1=sAT=(sAδ)(T+ΔT)R_A^1 = s_A’ \cdot T’ = (s_A - \delta)(T + \Delta T)

この式は、シェアの低下と市場拡大の効果がどのように収益に影響を与えるかを直感的に示しています。


2. 意思決定の基準

企業Aが新方策を実行すべきかどうかは、方策実施後の収益が現状の収益を上回るかどうかで判断します。すなわち、

(sAδ)(T+ΔT)>sAT(s_A - \delta)(T + \Delta T) > s_A \cdot T

という不等式が成立すれば、方策実施は収益改善につながると考えられます。

不等式の展開とその意味

まず、不等式の左辺を展開すると、

(sAδ)(T+ΔT)=sAT+sAΔTδTδΔT(s_A - \delta)(T + \Delta T) = s_AT + s_A\Delta T - \delta T - \delta \Delta T

となります。ここで、すでに sATs_AT (政策実施前の収益)が含まれているので、両辺から sATs_AT を差し引くと、

sAΔTδTδΔT>0s_A\Delta T - \delta T - \delta\Delta T > 0

となります。これは、政策実施による「市場拡大効果 sAΔTs_A\Delta T 」が、「シェア低下による損失 δT\delta T 」や「その相乗効果 δΔT\delta \Delta T 」を上回る必要があることを意味しています。

もし δ\deltaΔT\Delta T が小さい場合には、 δΔT\delta \Delta T の項は微小値の積ですので無視でき、近似的に

sAΔT>δTs_A\Delta T > \delta T

となります。すなわち、

ΔT>δsAT\Delta T > \frac{\delta}{s_A}T

という条件が得られ、政策実施による市場拡大分が、シェア低下分を補えるだけの十分な大きさでなければならないと示されます。

言い換えると、市場シェアと市場規模の両方が微小な変化である場合においては、市場全体の成長率が市場シェアの縮小率を上回るなら、企業Aは方策を採用する方が、収益拡大という観点で合理的であるということです。当たり前と言えば当たり前ですね。

3. 相対変化率での表現

絶対値の変化に加え、変化を割合で表現する方法も有用です。ここでは、以下のように相対的な変化率を導入します。

シェアの相対変化: 企業Aがシェアを ε\varepsilon 割合だけ失うと仮定すると、

sA=(1ε)sAs_A’ = (1 - \varepsilon)s_A


市場全体の拡大率:

市場が λ\lambda 割合拡大するとすると、

T=(1+λ)TT’ = (1 + \lambda)T

このとき、方策実施後の収益は

RA1=(1ε)(1+λ)sATR_A^1 = (1 - \varepsilon)(1 + \lambda)s_AT

方策実施が望ましいのは、方策実施前の収益 sATs_AT よりも大きくなる場合ですから、

(1ε)(1+λ)>1(1 - \varepsilon)(1 + \lambda) > 1

という条件が必要となります。式を整理すると、

1+λ>11ελ>11ε11 + \lambda > \frac{1}{1 - \varepsilon} \quad\Longleftrightarrow\quad \lambda > \frac{1}{1 - \varepsilon} - 1

となります。たとえば、企業Aが10%のシェア低下(  ε=0.1  \varepsilon = 0.1 )の場合、

λ>10.910.111\lambda > \frac{1}{0.9} - 1 \approx 0.111

となり、市場全体が約11.1%以上拡大しなければ、政策実施は収益改善に結びつかないことが示されます。


まとめ

今回紹介したモデルでは、企業Aがある方策を実施する際に、自社の市場シェアの低下と市場全体の拡大という二つの要素を定量的に比較する方法を示しました。

基本モデル: 政策実施後の収益は

RA1=(sAδ)(T+ΔT)R_A^1 = (s_A - \delta)(T + \Delta T)

と表され、これが現状の収益 sATs_AT を上回る必要があります。

近似的条件: 小さい変化を前提とすると、

ΔT>δsAT\Delta T > \frac{\delta}{s_A}T

という条件が得られ、シェア低下分を市場拡大分が補う必要があることを示します。

相対変化率での表現: シェア低下が ε\varepsilon で、市場拡大が λ\lambda で表される場合、

(1ε)(1+λ)>1(1 - \varepsilon)(1 + \lambda) > 1

という条件により、どれだけの市場拡大が必要かが明確になります。


こういった数理モデルを用いることで、企業は新たな戦略方策の効果を定量的に評価し、収益改善につながるかどうかを判断することができます。

実際の戦略決定では、不確実性の導入や競合他社の反応など、さらなる要素を加味することが求められますが、基本的な考え方としては、本モデルが一つの有用な出発点となるでしょう。

以上、企業Aがシェア低下と市場全体の拡大というトレードオフの中で、どのように戦略を検討すべきかを数理モデルを通して解説しました。

皆さんの戦略的意思決定の参考になれば幸いです。