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2025-10-19
#雑記

Disagree and Commitの罠、その空虚な合意はAgree and No commitを引き起こしていないか

「Disagree and Commit(反対した上でコミットする)」という言葉がある。 会社経営における取締役会のあるべきスタンスや、組織マネジメントの文脈でよく使われる概念だ。議論を尽くした上で最終的な意思決定がなされたら、たとえ自分の意見が採用されなくても、その決定にコミットして実行に移すという考え方である。

一見すると、これは成熟した組織文化の象徴のように見える。全員が完全に納得することを待たず、限られた時間の中で最善の結論を出すための合理的な仕組みだ。しかし、この言葉の使い方には、上位者と部下の双方に大きな落とし穴が潜んでいる。

上位者側の罠:信頼の終わりを告げる儀式

コミットを求める側、つまり上位者の立場にいる人間は、この言葉の使い方に特に注意する必要がある。なぜなら「Disagree and Commit」は、信頼関係の欠如に対する諦めを正当化する道具として使われる危険性があるからだ。

部下の側は、上位者との信頼関係の構築がもはや不可能だと感じたとき、この言葉を「逃げ道」として使うことがある。つまり、「あなたとの信頼関係構築は諦めました。でも組織人として従います」というメッセージを、「Disagree and Commit」という礼儀正しいドアを通って伝えるのだ。

上位者が「議論は尽くした、あとは従ってくれ」と言い、それに部下が素直に従っているように見えるとき、その裏で信頼の橋が崩れかけていることがある。部下は、意見を聞き入れてもらえない状況を、「まあ、仕方ないよね」と自分に言い聞かせるための言葉としてこれを使う。その瞬間、組織は健全な議論と意思決定の文化があると思い込みながら、静かに信頼を失っていく。

部下側の誤解:理解と採用の混同

一方で、部下の側にも健全な組織に対する理解が必要だ。多くの人が陥りがちな誤解がある。それは「意見を聞いてもらえた=その意見が採用された」と感じてしまうことだ。

しかし、成熟した組織ではそうではない。意見を聞いてもらえたというのは、その意見をそのまま採用されることではなく、その意見を理解してもらえたことをもって、意見を聞いてもらえたと受け取る必要がある。

真に成熟した環境では、「理解されたが、採用はされなかった」という状態を受け入れられるかどうかが、信頼の分かれ目になる。この感覚を持てないと、「どうせ言っても無駄」「あの人は話を聞かない」という誤解が生まれ、やがて沈黙が支配する。

さらに言えば、もっと皮肉な状況もある。意見がそのまま採用されたように見えても、それが必ずしも上司からの信頼を意味するわけではないのだ。

むしろ、上位者がその部下を「あしらう」ために、それほど重要ではない仕事を与えた上で、その仕事をその部下のやりたいようにやらせているだけ、ということもある。表面上は「君の意見を尊重するよ」と言いながら、実際には重要な意思決定からは遠ざけているのだ。

つまり、こういうことだ。

  • 意見がそのまま採用された ≠ 信頼されている
  • 意見は採用されなかった ≠ 信頼されていない

自分の意見が採用されるかどうかを、信頼の試金石とするのは、物事を単純化し過ぎた考え方と言えよう。

意見を採用しなかったが、その意見を理解し、その部下のことを信頼している。そういう関係もまた十分にあり得る。意見を交わす場において本当に必要なのは、勝ち負けでも、採用の有無でもなく、相互理解の証跡なのだ。

責任構造の崩壊:巻き取りの連鎖

「Disagree and Commit」とは本来、限られた時間で最善を決めるための仕組みだ。全員が完全に納得することを待つのではなく、議論を尽くした上で最終判断者に委ねる、その合理的な区切り方である。

そして、ある分野の責任者がいるのに、それを無視して上位者が意思決定を繰り返すと、その責任者は責任者として機能しなくなる。なお、上で書いた意見を取り入れるかどうかという話と同様に、ここで言う「無視する」とは、表面上の同意を示して別の方向性を選択するようなことを含んでいる。 言い換えると、表面上の同意ではなく、反対意見をよく理解した上で別の方向性を選ぶことは、「無視する」こととは異なる。

責任の所在を無視した意思決定が一度行われると、その構造は崩壊する。責任者を立てておきながら、その人の判断を無視して動くと、責任の所在が曖昧になる。そして一度その構造が壊れた瞬間、上位者が全部巻き取るしかない状態になる。 部下側は自己効力感を失い、自分が何をやっても変わることはないと考え、主体的に動くことをやめてしまうためだ。

もちろん、そのような状態になってしまうことも含めて上位者の責任ではあるので、機能しなくなるのも仕方がないと捉え、それを許容してでも自身で意思決定するというやり方もありうる。

現実に横行する「Agree and No Commit」

さらに皮肉なことに、現実の組織では「Disagree and Commit」よりも、むしろ「Agree and No Commit」が横行していることが多い。

波風を立てないために表面上は同意する。しかし内心では「自分の責任じゃない」と距離を置くのだ。その瞬間、組織の意思決定は形だけの合意になって、誰も本気で支えない空洞のコンセンサスができあがる。

信頼を失うのは、対立そのものではない。沈黙と形式的な同意のほうなのだ。

真の合意形成とは

「Disagree and Commit」は、正しく機能すれば組織の意思決定を加速させる強力な原則だ。しかし、その前提には以下の条件が必要なことを忘れないようにしたい。

  • 上位者と部下の間に基本的な信頼関係が存在すること
  • 意見の「理解」と「採用」が区別されていること
  • 責任の所在が明確で、それが尊重されていること
  • 形式的な同意ではなく、真のコミットメントがあること

もしこれらが欠けているなら、「Disagree and Commit」という言葉は、信頼の欠如を覆い隠すベールに成り下がってしまっている。組織の健全性を測る尺度は、この言葉がどう使われているかに表れる。

それは合理的な意思決定の道具なのか、それとも信頼の終わりを告げる儀式なのか。あなたの組織では、どちらだろうか。